院長ブログ

S.O.バッハの部屋Ⅱ-19

2019/10/14


                   ラグビーワールドカップ観戦ツァーin北海道ーーーーーっ。

 カバフグは9月21日から23日まで札幌の札幌ドームでオーストラリアVSフィジー戦・イングランドVSトンガ戦をうちのおばさんとともに観戦してきました。

 朝8時羽田発のANAでフライト。9時半に新千歳につきJRに乗り約40分で札幌着。予約したホテルへ。着替えをして荷物を預けいざ札幌ドームへ。地下鉄東豊線で15分弱。電車を出たところから行列。行列。キックオフの2時間ぐらい前に入り口についても、スタジアムに入っても、ビールを買うのも長蛇の列。とにかく席に着くまで行列の中。

札幌ドーム全景.jpg

札幌ドーム入り口.jpg

ラグビーワールドカップエンブレム.jpg


  席はというと、正面スタンド(来賓席・放送席のある方)の中央よりではあるが、列は74列。下から数えて74番目すり鉢の縁の端のところ。我々が席について一パイやっている頃ガイコツ人の夫婦がエッチラオッチラ上がってきて言った言葉が「オーーーっ。ベリーバック!!」奴らは2つ後ろの席。上り下りにとにかく息が切れるすごい席。フィールドがすべて頭を動かさず見ることができるが、虫かごの中で黄色と白の筋骨隆々の軍隊アリがごちゃごちゃと荒ぶって肉弾戦をやっている格闘技場にしか見えない。

すり鉢の端から観戦.jpg


 フィールドは総天然芝。見事に仕上げている。この球場は本来野球場だが、ドームの外でこのフィールドを日下で養生していて、サッカー・ラグビーなどの時は、フィールド全体を一塊にして畳をズルズル引きずるようにドーム内へ引きずり込んでくる形式の物だ。
 観客はガイコツ人がほぼ半分。そのほとんどがオーストラリアン(奴らは冬にスキーに北海道に来る連中が多く慣れているらしい)。マンズ背が高い。アベレージが180オーバーぐらいか。2メーターぐらいの奴がゴロゴロいるのには驚いた。又ほとんどの奴らは体格もがっちりしていてそのまんまラガーマン。

 ワラビーズ(オーストラリア・6位)vsフライングフィジアンズ(フィジー・9位)

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 フィジーの選手たちはほとんどがイギリス・フランスのクラブティームの主力選手で日本ではそれほど知名度はないが、センター12・13・ウィング11・14の体のデカいことデカいこと、そしてとんでもなく足が速い。
 ワラビーズはほとんどが南半球のスーパーラグビーで主力メンバーでワラビーズと言う名前でも日本でも知名度があり個人的には、前回のワールドカップには白血病のため出場できず今回復帰してきたクリスチャン・リアリーファノ(10)、ポーコック(6),マイケル・フーパー(7)などカバフグも知っている選手もたくさんいる。
 入場とともに両国のナショナル・アンセムの合唱。ワラビーズの選手は場慣れしているのか涙はなかったが、フィジーの選手は感極まってむんずと唇をへの字に結んだり、歌いながら涙がこぼれないよう上を向いたり、優しい眼にいっぱい涙を溜め、こらえてもこらえても頬に伝わるしずくを拭わず唱いきる。これぞ正にワールドカップ。
  さていよいよ待望のフィジーの選手達のウォー・クライ(ハカとも言う。南半球のマオリ族に伝わる戦闘の前の踊り。自分たちを鼓舞し、相手を威嚇もするがリスペクトもするもの。ニュージーランド〈カ・マテ=コマーシャルでもやっている一番有名な奴。とカパ・オ・パンゴ=今回南ア戦で使用〉・フィジー〈シンビ〉・トンガ〈シピタウ〉・サモア〈シヴァタウ〉)。今回のツァーの一番楽しみにしていたものの一つだ。

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  フィジーのシンビは、相手に向かって縦棒が来るような【D】の字形に並び、縦棒の中央のものが指揮を執る。良く目にする迫力のあるオールブラックスのものに比べてだが思ったよりサラッとやっていた。少々拍子抜けだったように思う。
 13:45キック・オフ。試合が始まってみると、観客全員がワンプレー・ワンプレーに集中し静かに観戦していた。タックラーをはね飛ばしたり、2・3人を引きずって距離を稼いだり、ナイスタックルなどには、わき上がるように「ウァーーーッ!!」「ウォーーーッ!!」と歓声。実に正しい観戦だった。
 試合内容は、フィジーの11.12.14がボールを持った瞬間から観客が「ウァーーーッ」と沸く。特に11番がもって走り始めると正面から来たタックラーを逆に正面にはね飛ばす。ワラビーズのタックルは正に重戦車に無防備な歩兵が無謀にも正面突撃をするような観じ。この世のものとも思えない嘆息の「ウォーーーーーッ」。正にワールドカップ・ラグビーの醍醐味。
 さらにオープンスペースへボールを廻し始めるとさすがのワラビーズでも止められない。最後にボールを持ったものは、ボールを抱えてインゴールへ高く飛び逆エビぞりなりそのまま跳び込む。正にフライングフィジアン!!
  前半はほとんどフィジーが優勢で、後半もしばらくはその状態が続きアップ・セット(番狂わせ)もあるかと期待大だった。60分頃ワラビーズの執拗な攻撃に耐え切れず度重なる反則のあげく12番の反則をシン・ビンとしてイェロー・カードが出されてから一変した。その10分間の間に3トライ2コンバージョンを決められそこからはワラビーズの独壇場となった。あっという間に逆転されさらに追い打ちをかけられ万事休す。ノーサイドになってフィジーの選手が膝をつきなかなか立ち上がれない姿が印象的だった。結局39対21という結果だった。
 帰り道も行列。ホテルに帰り一休みして8時過ぎに町へ繰り出した。札幌市内も黄色いラグジャを着たガイコツ人が大騒ぎ。普段こんなに1都市でガイコツ人が大騒ぎをしている光景はお面に書かれないだろう。
  北海道ならではのマツシタガレイ・バフンウニ・本わさび巻きなどをウマウマし、焼酎の「鳥飼」の水割りでほろ酔いし満足の1日だった。

カバフグ釣行記Ⅳ-9

2019/09/19


 カバフグは9月4日に鰺釣りに行ってきました。
 前日の予報が悪く、前夜に予約したときは、鰺船はカバフグ一人で待機状態。太刀魚船はOK(前日昼間までは出船確定無し)とのことで両方の仕掛けを持ってこいとのこと。
 当日朝3時40分に何故か目が覚め、ゆっくり行っても4時半前に到着。桟橋を見ると船が1パイだけ。「本日は太刀魚だな」と決め込み右舷の艫寄にゆったりと席を確保。 6時過ぎに大船頭から「岡谷サーーーん。鰺船出すよーーー移動してーーー。」完全に順費が整いお茶ハイも2本クリアーーー。後はエサを付けるだけの状態で急遽船の乗り換え。民族の大移動で鰺船のミヨシへ。竿は同じだけど仕掛けの変更有り。
  出船して10分も走らず川崎沖のシーバース周りへ。さらに橋桁の中へ。第1投目から当たり。但しビシ回収ごとに当たるのでは無く、2~3回に1回ぐらいのペース。何故か操船しながらの大船頭にはほぼ毎回当たりが有り、ダブル・トリプルも有り数を伸ばした。カバフグには、時々ダブルがある程度。頭を抱えた。今回は棚も付けエサも赤タンで同じなのに。(今回は急な釣行だったのでアオイソを買って来れず)後の違いは仕掛けの糸の号数だけ。たぶん大船頭は一般的な2号を使用していて、このときカバフグは1.75(前々日まで食い渋りだったため)を使用。この違いだけか???
 結局この日は終始バース周りで、大船頭は早々に1時間半ぐらいでクーラーいっぱいとのことてはや終い。トップは左舷の胴の間のお一人だけが1束オーバーとのこと。但し宿に帰ってたまたま見られたのだが、ほぼ南蛮付けサイズ。カバフグは76匹。30㎝オーバーも含め20~25㎝が主体で金魚・南蛮付けサイズは15ぐらいだけだった。
 次回は仕掛け2号を主体にチャレンジだアーーーー。

久々の釣果写真。コロッコロの脂の乗った中型から大型サイズ。ウマウマしました。

久しぶりの釣果190904.jpg

カバフグ釣行記Ⅳ-8

2019/08/31


 カバフグは 8月4日に中山丸へ鰺釣りに行ってきました。前回までの2回の鰺釣りでは、数は56匹前後なるもバックラッシュあり・天秤ロスあり・左舷での手返しの悪さありで納得のいかない釣行だったので今回はと意気込んで行ったのだが・・・。
 今回は、右舷4名、左舷6名で望みの右舷の大艫をゲットでき準備万端、出航前にお茶割りも規定量を達成したにもかかわらず、右舷前3人にはダブル・トリプルとサイズのいいやつが入れ掛かり。カバフグはタナは同じだが、鰺君が廻ってこない。前がバンバカ上げているにもかかわらず、やっと当たって追い食いを待っても10回に1回ぐらいダブルがあるくらい。釣り初めて1時間半ぐらいでもう3名は50匹弱つり上げているのにカバフグはやっと17匹という有様。その後も3カ所ぐらい船回しをしたところでも決して手返しが悪かったとも思えないがカバフグには鰺君は廻ってこない。トリプル無く、ダブルが付いていても舷側ばらし有りで数伸びず。さらにサイズも前3名と比べるとすべて小ぶり。釣り方から見ると何の不満もないが釣果がね・・・。トップ1束のところカバフグはまたまた56匹。何だかなぁーーーー。

 カバフグは、11日に烏賊の師匠と日立会瀬港の「弁天丸」で一つテンヤをやってきました。
 天候は、台風の影響も有り日立中央のインターを降りてしばらくから靄が出始め出船した頃には2・30メートル先が見通せないぐらいの靄の中。その後も日が差すことは数回あったが、ほとんど曇りで少々寒いぐらいだった。
 師匠とはマコガレイ以来。カバフグは左舷大艫、師匠は右舷のミヨシ。朝一の1投目からゴツンとしたアタリがあったが乗せ切れず、朝マヅメでしっかり釣らねば・・・。底潮が結構行っていて底を取ることがむずしくテンヤの号数を上げてみるも底に付いた瞬間にゴツンがあっても乗せられない。下手くそになったかぁーーーー。
 やっと乗せたら凄い引き。船頭ものぞきに来て「これは大物だーーーッ。」タモをもち期待十分、残念イナワラだった。ドラグの調整が悪かったせい。船頭にドラグの調整を教えてもらった。船に1キロの錘が有りそれをぶら下げて竿をシャクってやっとドラグが出る程度に調整するとかかっている魚の大きさも判る塩梅。なるほどねーーー。
 その後もたいした釣果も無く結局手のひらサイズの真鯛2枚・もっと小さい金魚サイズのハナダイを4枚・クロソイ1枚・イナダ1本。手のひらは鯛飯に、金魚を酢漬けに。
 師匠は1キロオーバーを数枚・ショウサイ・ホウボウ・クロソイなど大漁で底狙いでは無く2・3メートル底を切ってやっていたとのこと。今度はそうしようっと。
 因みに30日号の週間釣りニュースに名前だけ載りました。
  今回も釣果が貧困で釣果の写真は無し。残念。

会瀬港を包む靄

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進めど進めど

進めど進めど190811.jpg

朝靄の中の日の出

朝霧の中の日の出190811.jpg   

カバフグは、前々からの約束でかっちゃん・山岸先生・ショウ君と12日夕方から13日の朝まで東扇島の公園へ陸っぱりの夜釣りに行ってきました。
  高速に乗る前にセブンイレブンで氷・食料・飲み物を買い込み。キャスティングで青イソ200、コマセつり用のオキアミコマセ等を買い込みいざ現地へ。
 昼夜交代の時だったことも有り早々に釣りスペースを広々と確保。コマセ竿3本、ぶっこみ竿トータル7本、ルアー1本。ほぼ真っ暗状態になった中での設定。後は当たりを待つだけ。暑さもそれほどでもなく軽く汗ばむ程度。虫もシユウをしておけばそれほどでもなく釣り待ちには絶好のコンディション。
 ううん?待ても暮らせどチリンも無い。夕マズメはだめだったか。夜中に期待。ううーーーん朝マズメに期待。せめてコマセずりに期待。ここは水深3メートルもなくコマセ釣りに不向きと明るくなってから判明。
 結局釣果は14時間やってかっちゃんが20センチぐらいのキス・イシモチの子供を2匹・カバフグがイシモチノ子供を2匹。それだけ。ただひたすら眠たかっただけ。朝8時過ぎに撤収。
  大型クーラー2個だし、板氷3こ買いもむなしく期待一ぱいだった釣果はこの上なく貧果。こちらも風景写真のみ。おかっぱりはこんなもんだーーー。

釣り場から見た夕暮れの富士山

夕焼けの中の富士山190812.jpg

東京湾の夜景

夜の東京湾190812.jpg

正に朝マズメ!!寝てる奴は誰だぁーーーー。

正に朝まずめ190813.jpg

朝マズメの中の入道雲

朝まずめの中の入道雲190813.jpg

今度は釣果の写真を載せるぞーーーっ。

S.O.バッハの部屋Ⅱ-18-4

2019/08/22


  野間懸
 
  白馬の坂下から追い込み竹矢来の中へ。

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  3頭目の追い込み

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  7・8メートルもあろうかという竹竿の先に箒のようなものが付いていてそこに「御みたらし」を付け裸馬を追い回す。これが結構お年の方が行いなかなか上手く印を付けられず、笑いを誘う。その箒のような物が上手く馬につけば目印として「御みたらし」のついた裸馬を目指し、白鉢巻き・白装束の御子人達が寄って集って追い回し捕まえ、神前に奉納され繋ぎ駒となる。3頭目では御子人の一人が、しがみついた裸馬が暴れ振り落とされる。その者に「御みたらし」を付けると死人となっていた者がが生き返り又活躍するというコミカルなところもあった。 
  残念ながらこちらも1.5ギガ近いため圧縮するも受け付けてもらえず。

今回ビデオをアップロードするためにかなりの時間を要したが、それでも1ギガを超えるものはアップロード出来なかった。残念でならない。

カバフグの静なる興奮をちょっとだけでも垣間見てもらえたらなと思います。

S.O.バッハの部屋Ⅱ-1-3

2019/08/22


 小高郷衆凱旋。 

 台風の影響で天候が定まらない中、朝も早から起きて身支度し、集合場所まで車で20分ぐらいのところを愛馬に揺られ、その後御行列・全員が出るわけでは無いが競馬・神旗争奪戦。出ない者も待機。それらをこなしてから真夏のギラギラの日差しの中1時間ぐらいかけての地元に戻って凱旋パレード。疲れもピークに達した状態でのりりしい姿。地元の温かい歓迎の振る舞い酒も美味しそう。61騎が粛々と。静かなる感動。別の視線で見るとパレードするのは駅前のメインストリート。かなり閑散としている。正面の医院は震災後閉鎖だと。あちこちに未だ閉鎖そのままの建物・空き地だらけだが、最近出来たばかりの医院など復興も進んでいるところもある。

 お見せしたい者はあったのですが、残念ながら1ギガを超える物で、かなり圧縮したのでがアップロード出来ませんでした。悪しからず。
 
  チビ武者もがんばってる。

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  郷大将のご帰還。

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  道産子(現在はどうか判らないが明らかに農耕馬)の愛馬に水をやるシーン。

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  後備軍集合。

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  後備軍本隊を追う。

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  解散式。『相馬ながれ山』解散。

残念こちらも700メガを超えているためかなり圧縮を懸けたのですが、アップロード出来ませんでした。
 
  郷大将と記念写真。

表示

S.O.バッハの部屋Ⅱ-18-2

2019/08/21


 かなり要領をダウンしているせいで、画面の荒れは平にご容赦!!!

 競馬・ご神旗争奪戦風景

 第3コーナーから迫力のある旗指物を付けた騎馬武者の疾走風景

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 競馬の全風景

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 競い合いの終わった若武者達。砂塗れの顔に白い歯が眩しい笑顔。着順表を貰い羊腸の坂を誇らしげに駆け上がる。

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 ご神旗争奪戦。よく見ると武者の落馬する瞬間・武者を落とした馬も駆け回っている。
ご神旗を勝ち得た者が羊腸の坂を駆け上がる

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 こんな場面も。争奪戦手名誉の負傷。かなり荒々しい祭りだ。

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S.O.バッハの部屋Ⅱ-18-1

2019/08/21


 ビデオの圧縮が終わりました。
 可能な範囲でアップします。

 まずは御行列風景。
 先頭は中の郷勢の隊列。螺役の先頭はカワイコちゃん。中高生の旗持ち・太鼓持ち鉄砲持ち・弓持ち・たぶん矛持ちなどが並ぶ。

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 中の郷軍者へ後方の中目付から伝達。旗印は、役職旗は、侍大将として九曜紋・組頭は各郷の色の旗に白抜きの下り駒・中頭は白地に下り駒。御使い番は「一」の字。その他はおのおのの伝統のある旗指物。

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  小高郷郷大将

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  あでやかでりりしい姫武者と鞭捌きに湧くチビ武者

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  無礼者  隊列の前を横切る者を発見し、組頭に指示する軍者

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  ビデオ撮りしているのを見つけ馬共々カメラに目線をくれた

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  総大将は相馬行胤公で旧奥州中村班相馬家第33代当主。18度目の総大将

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寅ちゃんⅠ-1-1

2019/08/19


スクープ!!独占緊急特写!!!

昨夜の寅。カバフグの布団をほぼ独り占め。フラッシュをたいても起きず。完全に寝こけている。

因みにカバフグはほとんど隅っこの丸まった掛け布団の中へ潜り込み寝ました。

我が物顔で布団を占有190819.jpg

寅ちゃんⅠ-1

2019/08/17


 最近寅のことを書いてなかったので、ちょっとだけよーーー。
 寅のビフォー&アフターです。
 ビフォーは少々古いのですが、3月の佐倉城址でのお花見に行ったときの物で、毛がフサフサ。この頃の胸毛は15センチ以上。特に毛が多いことでは近隣のゴールデンの中では一番かな。家の中は10センチぐらいの長さの毛玉だらけ。掃除機がすぐ吸わなくなると家のおばさんがぼやくぼやく。

千葉の佐倉城趾の桜の下で。

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 とにかく長毛なので夏の暑さは天敵。5月末から炎天下ではとにかく日陰しか歩かない。すくにヘロヘロ。20歩も進まず歩くを拒否。少々引っ張ってもてこでも動かない状態。

 東京湾を背景に・・・。

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 うっッ。デカッ。

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7月半ばに足の指の間が真っ赤にただれ炎症を起こしびっこを引く始末で、行きつけの犬猫病院に連れて行ったころ「寅ちゃんはとんでもなく毛が多いからサマーカットした方が寅ちゃんのためだよーーー。毛はすぐ生えてくるからーーー。」と院長に言われた。
 我々夫婦も「寅は毛がフサフサなところが良いところだからカットはなぁーー。」とかなり難色を示していたのですが、寅が気持ちいいならと7月末のシャンプーの時に思い切ってサマーカットしてみました。
  引き取りに言って二人で大笑い。アフターは頭としっぽはきれいに整えられいるが寅で、胴体は子豚ちゃん。まるで妖怪の「ヌエ」状態。ヌエは頭が猿で胴体は虎、しっぽは蛇。寅はというと頭は寅で、胴体は豚、しっぽは狸。次男坊が帰ってきて見るや唖然。寅のことをよく知っている人たちは、腹を抱えて笑ってくれる人もいれば、涼しそうとかわいがってくれる人もある。

 ヌエ三体

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 当の寅は、かなり涼しいと見えて、長毛の時はとにかく涼しいところ、冷たいところを探し回って腹(昨年から外からは見えないように腹だけバリカンで刈ってもらっていた)をベターーと大の字に寝る。15分と持たず移動を繰り返していた。クーラーのギンギンに効いてる部屋で冷たい床が大好き。
 が、サマーカットしてからは、クーラーの風も寒いらしく風陰に移動する始末。20度設定のクーラー24時間フル稼働の部屋数が減り省エネ化。カットから帰ってきた夜中にはくしゃみ連発。最近は、ちょっと見えないなと思うとカバフグの布団の上に大の字。最近は川の字状態で寝ている。昨夜は、寝室へ行ってみると寅がカバフグの布団の上で気持ちよさそうに寝ている。おかげでカバフグは自分の布団の隅の方で寅様をおこさないように小さくなって寝る始末。
 まぁーーとにかく笑ってやってください。ただし気をつけてね。寅をバカにしたと唸ってガブガブしてくるかも。実際、寅のことを話して笑っていると家のおばさんはしょっちゅうガブガブされているので悪しからず。
 
 おまけの特典映像。カバフグの食事風景では無く寅のおこぼれお強請り映像

チョーーダイ。チョーーーダイ。チョーーーダイ。床はヨダレだらけ。

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S.O.バッハの部屋Ⅱ-16

2019/08/08


静かなる興奮未だ冷めやらず。
          今でも鼻腔に残る汗と馬糞の臭いPart3

 Ⅴ三日目 野間懸
 野馬懸は小高神社のみで行われる神事で、遡ること千有余年、平将門が新しい軍事力として馬の活用を考え、牧で野馬を放ちその野馬を追い馬を捕らえる軍事訓練として又、捕らえた馬を氏神である妙見(妙見菩薩)に奉納し、相馬地方の平和と安寧を祈願したことに始まっている。源頼朝から現在の地を所領することを許され、最初に住み着いたのが小高城。その跡地が小高神社。由緒あるその地で行われることに意味がある。
 今日も朝から暑い。朝8時過ぎに撮影にいいポジションを占め、野馬の追い込みを待つ。
 武者たちの本日の出で立ちは、陣羽織に袴・白鉢巻き。騎乗する者・警備する者・小ぶりながら数年中止されていた神旗争奪戦に出場する騎馬武者・螺を吹く者すべてその出で立ち。
 神社前の竹矢来(竹組の囲いその中で神事が行われる)内をお清めし、お水取りの儀が執り行われ時間調整の間相馬民謡・踊りが奉納され、いよいよ野馬の追い込みとなる。本来は、1キロほど離れた小高川下流の萱浜巣掛場の木戸から追い出された馬を追い小沢の野馬道をとおり城内の竹矢来へ追い込まれたとのことだが、、現在は、小高川の河原で合図を待ち、そこから追い上げてくる。 
  総大将の名代・郷大将の見守る中その前で螺が吹かれ、その本陣後ろの小高いところから追い込みよし合図として螺がまた吹かれる。しばらくすると一般道から分かれ竹矢来に向かって坂を6騎の騎馬武者に追われ裸馬が駆け上がってくる。首尾良く竹矢来に入れられるとそのたびに追い込みの責任者が総大将名代の前で報告する。計3日回追い込まれた。
 長い竹の先に箒のような物がついていてそこにお水取りでとった水(御みたらし)を付け奉納する馬に印をつける。竹があまりに長くうまく操作できず、御みたらしを馬につけられない。その様は少々滑稽で観覧者の笑いを誘う。うまく付けられると賞賛の拍手がわき、そこからは白装束に白鉢巻きを身にまとった神官からお祓いを受けた御子人と呼ばれる兵たちの出番となる。
 7・8人で裸馬を追い回し寄って集ってしがみつく。まず一人が馬に近づき鬣を掴み首にしがみつく。ささらに二人目三人目が首にしがみつき馬の動きを止める。おもむろに四人目が、馬の片方の前足を取る。馬がにっちもさっちも動けなくなったところで荒縄の轡を填めて終了。本陣前で挨拶し、神殿向かい奉納される。その後杭に結ばれる。この杭につながれた裸馬の図が相馬家の旗印の一つの繋駒旗となっている。後の2頭も同様に行われた。昔は多数の馬でおで行われ、その後競りが行わた。奉納された馬は相馬家に、その他は競売にかけられ武士たちの持ち馬となったり農耕馬となったりしたとのことだ。新しい馬を手に入れる平等な方法だと感心した。
 その後隣の馬場で規模は小さいながらも御神旗争奪戦が行われたがそれを見ずに我々は会場を後にした。
 師匠とともに南相馬の道の駅に戻りそこで丁重に師匠に挨拶しお別れとなった。

 Ⅵ 帰りの6号線
  師匠と別れたのが1時過ぎぐらいだったと思う。常磐道で帰るのが一番早いが、対面通行で毎日正面衝突の死亡事故があるとのこと。かなり疲労しているので国道6号線で四倉まで行くこととした。放射能汚染で甚大な被害に遭った浪江町に入ってからというものすでに8年たった今でも6号線から横別れする道はすべて閉鎖され、道沿いで昼食に食べようと考えていたが外食産業・ラーメン屋・ファミレス・ボーリング場などはすべて閉鎖・閉店。地図にはあるが跡形もないものもあった。信号機はすべて黄色の点滅。道路沿いの住宅街は門の前に高い鉄格子がそそり立ちまさにゴーストタウンそのものだ。唯一やっていたのはほんの数カ所のガソリンスタンドのみ。我がボルボもそろそろガス欠になりそうだったので開いてるスタンドによって給油した。料金を見てびっくり。1リッターあたり15円以上高い。現在もここは被災地なのだと痛感した。因みにバイクでここを通るときはその区間駐輪禁止でかなりの被曝線量となるためだとのこと。「8年たってもこの状態かぁーーっ」と改めて寂しさ厳しさ恐怖を覚えた。広野に入り人の存在を臭せる町並みになったが町を少し外れると中間貯蔵施設で黒いビニールの山積み。ほんとに寒気がした。
四倉手前の真新しい波立海岸の道の駅でやっとラーメンが食えた。すでに3時を優に回っていた。「南相馬の道の駅で食っておくんだった」と後の祭り後悔した。その後常磐道に乗り5時半頃に寅の顔を見られやっと安心した。

 最後に今回のツアーを誘ってくださった師匠に感謝。感謝。良くも悪しくも大感動の三日間だった。
 これを書いている今でも鼻腔の奥に騎馬武者の汗と馬糞の臭いが残っているようだ。
  写真・ビデオに関しては処理ができ次第アップします。

カバフグの釣り部屋に張ってみた

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ポスター中央は現33代目相馬氏当主(このポスターは前夜旅館で発見し是非ほしいと思っていたら師匠の方で予めに用意して頂いてた物。感激。)左のタオルは小高郷勢の色の物。その下がカレンダーでもったいなくてめくれない。その右上にあるのは 小高神社で買い求めた(うまくいく)お守りの袋。下中央は御行列列帳(行列の順番・役職・現在の演者の名前が書いてある)一番右下は会場内の撮影許可書の腕章。よーーく見ると右端につるして在るのは騎馬鞭。

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