院長ブログ

S.Oバッハの部屋Ⅱ-1

2017/08/17


 カバフグは、本来ならカバフグ釣行記で書いた方が良いのかもしれませんが、本編は釣りの内容ではないためS、O、バッハでかきました。  予定では、7月半ば前より8月2日に大熊君と釣行を考えていて、2週間前に久しぶりに烏賊釣りの師匠から電話があり「今年はまだ烏賊がいそうだ。今年こそは行きましょう」とのお誘いがありました。ここ2・3年まともに烏賊の群れが回遊しておらず釣行出来ず終いだったため、カバフグ自体も行きたかったのですが、2日は、師匠が都合が付かず(師匠は福島の相馬出身で、7月末に有名な相馬の『野馬追い』が有り、勘定奉行役で騎乗し、後始末の関係上で2日には間に合わないとのこと)、烏賊は断念。  大熊君と相談したところ、ひとつテンヤ真鯛か最悪湾鰺と考えていたのですが、前日午後になってどんどん予報が悪くなり、2日は、日立・横須賀近辺の海は、北東の風4~5メーター、2.5~3メーターの波でうねりを伴うとのこと。湾内で1メーターの波だとバッコンバッコン状態で、どちらも釣りにはかなり厳しい状態が予想され海釣りは諦めた。  と言うわけで、釣行がなくなり、うちのオバサンがパーマをかけに行くとのことで、寅を連れて、西二まつり用の小魚の釣りの場所視察となった。  取りあえず、本命の流山に行ってみると、前回のようにとんでもない水色ではなかったが、つんつんに澄み、深さが20センチぐらいで、メダカが泳いでいる程度。だめだこりゃ・・・。  今まで行ったことはないが、小魚狙いなら霞ヶ浦までと足を伸ばしてみた。土浦北で降り(実は行き過ぎていた)、土浦港(こんな湖にも港があるンだぁーーー。)の横を通り過ぎ、JRの土浦駅をくぐり、土浦市街を抜け、125号線沿いに走る。陸上自衛隊土浦駐屯地を過ぎたところに予科練平和記念館がある。程なく行くと霞ヶ浦が見えてくる。白ウサギが走る走る。霞ヶ浦でこれじゃー海上はお話にならないと思いつつ、かなり走って、水門が見えたので、横道に入り、霞ヶ浦に隣接する農道?サイクリング道路?沿いに釣り場を探索。1・2カ所それらしきものはあったが、どうかな??というところ。  探索を諦め、せっかくなのでさっき見かけた予科練平和記念館に行ってみる。  予科練といえば、海軍の飛行予科練習生の意味で、『若鷲の歌』 『若い血潮の予科練の  七つボタンは 桜に錨  今日も飛ぶ飛ぶ 霞ヶ浦にぁ  ・・・・・    』の軍歌でおなじみの所。  そこはもと、霞ヶ浦海軍航空隊で、大正11年海軍で第3番目にできた名門の航空隊だ。特筆することは、立地上、陸上機と水上機(下駄ばき機)と共に練習機が使えるということである。終戦まで搭乗員養成の飛行教育が行われていた。ここから筑波空・谷田部空・鹿島空・土浦空(昭和15年に現在の陸上自衛隊の霞ヶ浦駐屯地と記念館の敷地にあった水上機専門の航空隊)の各航空隊を派生している。 カバフグは、中1の頃から『丸』と言うミリタリー関係の本を愛読しており、特に、第2次世界大戦の頃の海軍の航空機・重巡洋艦が好きで、『予科練』という言葉にかなり興味を引いた。 門を入ると正面の格納庫の中にあの『ゼロ戦』の実物大の模型展示されてあった。カバフグも実物に近いものを目の当たりにしたのは初めてで、かなり感動を覚えた。     『ゼロ戦』とは、正式名称零式艦上戦闘機で、皇紀2600年の採用で海軍機の採用はこの皇紀何年で表されている。例えば、九六艦戦・九七艦攻・九九艦爆・一式陸攻など。このことより00年だから零(レイ)式となる。形式(一〇の位が形態の改正、一の位は発動機の変更、武装の変更などにより甲・乙・丙がある。)は、一一型・二一型・二二型・三二型・五二型・五三型・五四型などがある。第2次世界大戦初頭以前より終戦まで活躍し一万機以上生産され、当時航続距離・旋回性能・重武装(7.7ミリ×2機銃・20ミリ×2機関砲)などで、およそ戦闘機とは思えぬ優美な形で世界に比類無い名機である。予科練出身者のあこがれの的でもあった。  予科練平和記念館を挟み人間魚雷『回天』も展示されていた。桜花(ロケット推進)・震洋(爆装モーターボート)と共に特攻という日本海軍における負の遺産であろう。  本来九三式酸素魚雷は、直径60センチの所、『回天』では人が入るため直径1メートルとし、推進器部の後方の直径が本来の九三式魚雷である。酸素魚雷というのは、純酸素を酸化剤とし、燃料と混合させ炭酸ガスを排出し駆動するもので、炭酸ガスは水に良く溶けるため、無航跡となり、殆ど視認出来ないという特徴を持ち、さらに高雷速・航続距離が長い点で、第2次大戦中唯一でこれまた比類の無い海軍が誇る高性能魚雷だった。 『回天』の引用は、「天を回らし戦局を逆転させる」から来ているらしい。伊号潜水艦に4機ずつ搭載され、発見されない程度目標に近接し母艦は一度浮上し、搭乗員を回転に乗せ、潜望鏡深度ぐらいまで潜水した後発艦させた。一度発艦したら回収・生存はないためハッチを閉められた搭乗員の心境はいかばかりかと思うと見ているだけで沈痛なものだった。  なぜここに『回天』がと言うことだが、本来潜水艦の部類に入るが、一人で操縦し、飛行機乗りと似通った操縦法なので、『回天』の搭乗員は、ほぼ予科練出身者の中から厳選された抜粋メンバーで構成されていた。 長々と書いてしまいましたが、感慨深い1日でした。零戦と回天をアップしておきます。

麗しの零戦

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零戦の斜め画像

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零戦の能書き

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回天の練習機

回天-1.jpg

回天の説明文

回天-2.jpg

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